政府の技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(座長・田中明彦国際協力機構理事長)は2023年11月24日、第16回会合を開き、制度改革に関する最終報告をまとめました。30年間続いた技能実習制度を廃止し、3年で特定技能1号の人材を育成する新しい未熟練外国人労働者受入れ制度「育成就労」(仮称)を導入することが柱で、外国人労働者を実態に即して正面から「労働者」として受け入れ、同時に技能実習制度の「育成」目的も残すという提案です。
育成就労の特徴として、技能実習では原則3年間は認められない「転籍」が育成開始1年経過後に認められることや、転籍要件が緩和されることが盛り込まれました。転籍に関する規定を巡っては、地方の中小事業者の人材確保に配慮する慎重意見が自民党内に強く、政府は与党と調整した上で2024年の通常国会に新制度創設のための関連法案を提出したいと考えています。
最終報告では、育成就労は1号特定技能外国人の育成制度と位置付けられることから、対象職種は技能実習の対象職種をそのまま引き継ぐのではなく、特定技能の特定産業分野の範囲内で新たに設定されます。最終報告は、分野によっては特定技能だけで受け入れるとも述べており、特定技能の方が受入れ範囲が広くなります。このため、制度改革後は、技能実習制度に代わって特定技能制度が未熟練外国人労働者受入れの中心制度になります。
有識者会議の論議と並行して、政府は2023年6月、特定技能2号の受入れ対象を現在の2分野から11分野に広げることを閣議決定しました。現在の特定技能の対象12分野のうち11分野で家族帯同や無期限就労が可能な特定技能2号が導入されることになります。特定技能2号導入が見送られた介護分野についても、現行の在留資格「介護」を取得することで家族帯同と無期限就労が可能です。
技能実習は、発展途上国の外国人が日本で働きながら技能を学ぶ制度で、1993年に始まり、対象90職種・受入れ期間は最長5年ですが、最終報告は技能実習を廃止し、未熟練外国人労働者を即戦力の人材と位置付ける「特定技能1号」の水準まで3年で育てる「育成就労」に置き換えることを提案しました。そして、育成就労から特定技能1号を経て、より高度な技能が求められる「特定技能2号」の試験に合格すれば、家族帯同の無期限就労が可能になるというキャリアプランを描いています。
それでは、最終報告の中から大きなポイントをいくつか紹介し、説明を加えます。
参考)
出入国在留管理庁「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(第16回)」
https://www.moj.go.jp/isa/policies/conference/03_00005.html
1. 新制度での転籍の在り方
・「やむを得ない場合」の転籍の範囲を拡大・明確化し、手続を柔軟化。 ・これに加え、以下を条件に本人の意向による転籍も認める。 ➢ 計画的な人材育成等の観点から、一定要件(同一機関での就労が1年超/技能検定試験基礎級・日本語能力A1相当以上の試験(日本語能力試験N5等)合格/転籍先機関の適正性(転籍者数等))を設け、同一業務区分に限る。 ・転籍前機関の初期費用負担につき、正当な補填が受けられるよう措置を講じる。 ・監理団体・ハローワーク・技能実習機構等による転籍支援を実施。 ・育成終了前に帰国した者につき、それまでの新制度による滞在が2年以下の場合、前回育成時と異なる分野・業務区分での再入国を認める。 ・試験合格率等を受入れ機関・監理団体の許可・優良認定の指標に。 |
1-1. 外国人本人の意向による転籍
「技術移転を通じた国際貢献」を制度目的とする技能実習制度では、同一職場で技能を計画的に学ぶという考えに基づき、職場を変える「転籍」は原則3年間、認められていません。このことが使用者と技能実習生の間に過度の支配従属関係を生み、暴力や暴言、いじめ、残業代不払いなどの人権侵害や法律違反が横行する温床になっているとの指摘があります。現行制度でも「やむを得ない事情による転籍」はできるのですが、技能実習生と実習先との間にトラブルがあった場合、監理団体が転籍支援など技能実習生の立場に立った対応をするより、技能実習生を強制的に母国に帰国させる(解雇)など、制度が期待している技能実習生サポートの役割を果たさないケースが多いという実態があります。
このため、技能実習生がそもそも転籍制度について知らされていないことや、転籍を含む改善に向けてのサポートを監理団体に期待できないことが多く、暴力・暴言・いじめ・労働法令違反があったり待遇に大きな不満があったりすると、受入れ機関や監理団体に相談するより失踪を選ぶというケースが多発しています。2023年6月現在、技能実習生は35万8159人いますが、昨年の失踪者は9006人に上りました。
このような実態が国際社会から「奴隷制度」という指摘を受ける要因にもなっています。そこで、有識者会議は現在の「やむを得ない事情がある場合の転籍」に加え、育成就労では、外国人本人の意向による転籍も認めることが提案されました。
1-2. 本人の意向による転籍ができる時期
本人の意思による転籍が可能になる時期について、最終報告のたたき台は当初、「育成開始から1年経過後」としていましたが、自民党内から反対意見が強く、その後、産業分野によっては育成開始から最長2年後に設定できる修正案が示されました。
これに対し、有識者会議内で下記のような反対意見があり、最終報告では「育成開始から1年経過後」に戻りました。
・新制度では、労働者保護が重要な柱であり、労働者の基本的権利である職場を移転する権利を禁止するのなら、業務遂行能力を身に付けるために最低限必要な期間に限定されなければならない。
・日本の労働法制上、1年以上の有期の雇用契約を締結した場合でも、1年経過後はやむを得ない事由の有無にかかわらず転職が認められている。
・ILOは、労働者の自由な雇用終了の保証と転職にあたって雇い主の許可を条件としないことを求めている。転籍制限は特定の雇い主への依存関係を助長し、労働者の権利行使を間接的に制限することにつながるとも指摘している。
・新たな制度が人権保護に関しては現状の微修正にとどまるという印象を与えると、日本や日本企業への国際的評価にかかわるし、外国人からも日本が選ばれなくなる。
・地方からの人材流出防止を目的に労働者の転職する権利を制限することは正当化されない。
・賃金だけでなく、労働環境の改善、良好な人間関係、育成に向けた企業の取組、自治体も一体となった共生のための生活環境改善などを総体的に進めることで、地方での人材定着も可能だ。
こうした意見も踏まえ、最終報告は、基礎的な技能試験と日本語試験に合格すれば、育成開始から1年経過後に同じ業務区分の中で外国人本人の意向で転籍できるとしています。
ただ、地方の育成就労外国人が、より賃金が高く生活も便利で母国の仲間も多い大都市や周辺に転籍制度を利用して大量に流出することが懸念され、自民党に地方の中小事業者から陳情が多数寄せられています。実際、技能実習を終えて特定技能1号に移行した約9万5000人に出入国在留管理庁が調査したところ、約4割が移行後1カ月以内に県外に移住しており、転入が転出を上回ったのは3大都市圏を中心に計15都府県だけで、他は転出超過でした。
そこで、最終報告は最終章「その他」の中に、例外措置として「本人意向の転籍要件に関する就労期間について、当分の間、分野によって1年を超える期間の設定を認めるなど、必要な経過措置を設けることを検討」とも言及しました。育成開始から1年経過後の転籍を原則としつつ、具体的な制度設計については国会に議論を委ねた形です。
1-3. やむを得ない事情がある場合の転籍の要件緩和
このように自分の意思による転籍の開始時期が有識者会議の大きな論点になりましたが、最終的には「育成開始から1年経過後」に落ち着き、例外措置について国会に委ねました。
一方、現在も認められている「やむを得ない事情がある場合の転籍」については、要件があいまいとの指摘があります。最終報告は「やむを得ない転籍」の要件について、「例えば労働条件について契約時の内容と実態の間で一定の相違がある場合を対象とすることを明示するなど、その範囲を拡大・明確化し、例えば職場における暴力やハラスメント事案の確認等の手続を柔軟化する」と提言しました。また、技能実習生たちに転籍制度の存在や内容が知られていないことが多いため、「転籍が認められる範囲やそのための手続について、関係者に対する周知を徹底する」と述べています。
有識者会議では、「外国人から労働条件の相違や法令違反などの申告があった場合、外国人側が過度の立証責任を負わされている」との指摘もありました。新制度では、外国人側の立証責任が緩和される見通しで、逆に、来日前に示された労働条件と実際の労働条件との相違などについては、「相違がないこと」の立証を受入れ側に求める制度運用も予想されます。
また、有識者会議の途中段階で示された最終報告のたたき台にはなかった次の文言が最終報告に盛り込まれました。「政府は、現行の技能実習制度から新たな制度への移行に当たっては、人権侵害行為に対しては現行制度下でも可能な対処を迅速に行う」。現行制度下でも、職場における暴力やハラスメントなど人権侵害について外国人から申告等があった場合、立証責任について運用の改善が実施され、それによって「やむを得ない事情による転籍」が増えることが予想されます。
2. 監理・支援・保護の在り方
・技能実習機構の監督指導・支援保護機能や労働基準監督署・地方出入国在留管理局との連携等を強化し、特定技能外国人への相談援助業務を追加。 ・監理団体の許可要件等厳格化。 ➢ 受入れ機関と密接な関係を有する役職員の監理への関与の制限/外部監視の強化による独立性・中立性確保。 ➢ 職員の配置、財政基盤、相談対応体制等の許可要件厳格化。 ・受入れ機関につき、受入れ機関ごとの受入れ人数枠を含む育成・支援体制適正化、分野別協議会加入等の要件を設定。 ※優良監理団体・受入れ機関については、手続簡素化といった優遇措置。 |
技能実習制度で転籍が原則3年間認められていないことが、人権侵害や法律違反が横行し、失踪が多発する原因になっていると指摘されています。上述したように現行制度でも「やむを得ない事情による転籍」はできますが、技能実習生と受入れ機関との間にトラブルがあった場合、監理団体が転籍支援など技能実習生に寄り添った対応をするよりも、強制的に母国に帰国させるなど不適切な対応をするケースが多く、技能実習生の失踪を助長する背景になっています。また、生活指導員などのスタッフの質や量が不足しており、技能実習生のサポートが十分にできていない監理団体もたくさんあります。
こうしたことから、最終報告は「受入れ機関数等に応じた職員の配置、財政基盤や外国語による相談対応体制の確保」を許可要件に盛り込むことを提言し、育成就労制度の導入後は、現在の監理団体も新たな許可要件のもとで厳格に審査するとしています。このため、現状のままでは許可を更新できない監理団体が多数出てくる可能性があります。
監理団体が人材受入れと引き換えに送出機関からキックバックを受け取ったり、送出機関から営業や謝礼のための接待を受けたりしたことが判明した場合も行政の監督指導の対象になり、許可継続に影響が出る可能性もあります。
外国人技能実習機構(OTIT)は体制を強化して残ることになり、監理団体や受入れ機関への監督指導を強化します。
3. 送出機関及び送出しの在り方
・二国間取決め(MOC)により送出機関の取締りを強化。 ・送出機関・受入れ機関の情報の透明性を高め、送出国間の競争を促進するとともに、来日後のミスマッチ等を防止。 ・支払手数料を抑え、外国人と受入れ機関が適切に分担する仕組みを導入。 |
現在の技能実習制度は海外からの出稼ぎ労働者の入り口となっていますが、送出国での人材募集にコストがかかります。送出機関が人材紹介者(ブローカーと呼ばれる場合もあります)に支払うコストは多額で、送出機関はそのコストを技能実習生から徴収する費用に上乗せしています。このため、実習候補者が多額の借金をして日本に来ることが常態化しています。
出入国在留管理庁が2022年に発表した調査結果によると、技能実習生が来日前に母国の送出機関や仲介者(送出機関以外)に支払った費用の平均額は 542,311円で、国別ではベトナムの688,143円が最高でした。技能実習生らはこうした費用の大半を借金でまかなっています。
最終報告では、育成就労外国人と日本の受入れ企業等が来日前にかかったコスト(送出手数料や教育費など)を適切に分担する仕組みの導入も提言しています。
4. 新制度の受入れ対象分野や人材育成機能の在り方
・受入れ対象分野は、現行の技能実習制度の職種等を機械的に引き継ぐのではなく新たに設定し、特定技能制度における「特定産業分野」の設定分野に限定。 ※国内における就労を通じた人材育成になじまない分野は対象外。 ・従事できる業務の範囲は、特定技能の業務区分と同一とし、「主たる技能」を定めて育成・評価(育成開始から1年経過・育成終了時までに試験を義務付け)。 ・季節性のある分野(農業・漁業)で、実情に応じた受入れ・勤務形態を検討。 |
「育成就労」は1号特定技能外国人の育成制度と位置付けるため、最終報告では、育成就労の受入れ対象分野について、技能実習制度の対象職種をそのまま引き継ぐのではなく、特定技能の特定産業分野の範囲内で新たに設定されることが提言されました。分野によっては育成就労の対象とせず特定技能だけで受け入れるとしており、育成就労より特定技能の方が受入れ範囲が広くなります。このため、育成就労制度の実施後は、現在の技能実習制度に代わって特定技能制度が未熟練外国人労働者受入れの中心制度になります。
また、有識者会議の論議と並行して、政府は2023年6月、特定技能2号の受入れ対象を現在の2分野から11分野に広げることを閣議決定しました。現在の特定技能の対象12分野のうち11分野で特定技能2号が導入されることになりますが、2号特定技能外国人になると、家族帯同が許可され、在留期間も何度でも更新できます。また、特定技能2号のままでも日本に永住できますが、永住許可の取得を目指すこともできます。特定技能2号の導入が見送られた介護分野については既に、現行の在留資格「介護」を取得することで家族帯同ができ、永住への道も開かれています。
技能実習の90職種のうち約15%には、対応する特定技能の特定産業分野がありません。最終報告書の内容がそのまま導入されると、こうした分野では育成就労でも特定技能でも外国人労働者を受け入れることができず、留学生のアルバイト(資格外活動、1週間28時間まで)などでしか外国人に働いてもらうことができなくなります。
その一つが「繊維」です。衣料品に占める国産品の割合が1990年には50%を超えていたのが2022年には1.5%にまで低下し、国内の事業所数も就業者数も激減したことに加え、技能実習生への残業代未払いなどが他の業種に比べて多かったこともあり、特定技能導入時に分野指定から外れました。日本繊維産業連盟は2022年7月、労働者の人権を守るために取るべき行動をまとめた業界指針を定めましたが、特定産業分野に組み入れてもらうためには、生産性向上や国内人材確保に関する努力も示す必要があり、簡単ではありません。
5. まとめ
3年間で特定技能1号レベルの外国人を育て、特定技能1号・2号につなげるキャリアパスを描く新しい未熟練外国人労働者受入れ制度「育成就労」。特定技能外国人の養成制度と位置付けられ、対象職種も特定技能の特定産業分野の範囲内で設定されることから、制度導入後の未熟練外国人労働者の中心的な受入れ制度は現在の技能実習から特定技能に移行します。
さらに、外国人本人の意向による転籍が導入され、現在の技能実習制度が実質的に果たしている地方での人材確保の役割が大きく損なわれる可能性があります。大都市や周辺の方が賃金水準も高い上、生活にも便利で同じ母国の仲間もたくさんおり、地方の中小事業者の場合、待遇や労働環境に十分に配慮しても、技能実習生が特定技能に移行する際に大都市への人材流出を十分に食い止められないのが現状です。育成開始から1年経過後に外国人労働者本人の意向による転籍が可能となる以上、地方の中小事業者にとっては、育成就労制度で3年間働き続けてもらうのは難しくなる可能性が高いと言えます。このため、育成就労での外国人雇用をあきらめる事業者が多数出てくる可能性もあります。
さらに、人権侵害や労働法令違反への対応も厳しくなり、「やむを得ない事情がある場合の転籍」も増える可能性が高いことや、受入れ機関が育成就労外国人の来日前コストの一部を負担する方向性となったことも、育成就労離れを加速させる可能性があります。現行制度では、技能実習生は約36万人(2023年6月現在)、特定技能外国人は12分野で約18万人(2023年9月現在)いますが、新制度導入後、このような勢力図にも大きな変化が起きることが予想されます。